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菓蔵家  野の菓子つれづれ nonokashi

simple is beautiful  筑紫平野は東北端、朝倉から心に感じたままに綴っていこうと思います。

先祖祭りと床嶋家  

IMG_5425.jpg

毎年、桜の花の頃、床嶋家では先祖祭りをしています。

私は子供の頃は先祖祭りがとても楽しかった。

今は土曜、日曜は忙しいので父や子供達で行かせてもらっています。

裏山の大平山の麓の眺めの良い所にお墓があり、お墓の前が広いので親戚一同

集まり、桜の木の下で ござを敷き、わいわいがやがやお酒を飲んだり歌ったり、

親戚の子達とくねくねと曲がった細い山道を駆けあがったり降りたりするのが楽しかった。 

重箱の御馳走やお弁当も楽しみだった。

今でも子供達は楽しいと言っている。

朝倉市、堤の床嶋家は古文書や「日本歴史地名体系41(平凡社)」に、

近世初期には床島市次郎が庄屋を務めるとあるので

堤、床嶋家の先祖は文献で見る限り、400年以上前から朝倉市、堤で暮らしてきたのだろう。

その間、長きに渡り先祖祭りを行ってきたのだろうか・・・

それ以前の事は良くわからないが、 姓は出身地からとることが多いのでたぶん

我が先祖は床島の堰あたりの出だろうか? 又地名はその土地の様子を表す事が多い。

筑後川流域には島の付く地名も複数見られる。

うちは堤の本家から分かれて私で五代目。

御多分にもれず、農家の次男や三男は農業だけでは食べていけないのでどこかで奉公するか、職人に

なったのだろう。

うちも田や畑もあったがそれだけでは生きていけないので比較的小資本で始められた飴屋を始め半農半商

の生活から始めたのではないかと思う。

今では農業はまったくやっていませんが

いずれにしても野の人であったことには間違いないだろう。


(床嶋の嶋は明治になり、島より嶋の方が良いということで嶋で届けたらしい。私の小さい頃の
 墓石には床島家代々の墓となっていました。その名残で法人名は床島屋のままだ。)

☆写真は熊本県、一心行の大桜です。昨年のです。

category: 徒然

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