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菓蔵家  野の菓子つれづれ nonokashi

simple is beautiful  筑紫平野は東北端、朝倉から心に感じたままに綴っていこうと思います。

約束は雪の朝飯  

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写真、美奈木の杜溜池

〈約束は雪の朝飯〉井原西鶴

後水尾天皇に召された時、「渡らじな瀬見の小川は浅くとも老いの波たつ影もはずかし」という一首を詠んでご辞退し、

今の京都も憂き世と見なし、賀茂山の詩仙堂に隠棲した石川丈山坊は、昔の立派な身分を忘れ、詩歌に専念し、

その徳は世にあらわれた道者である。そういう人であるから、これという気に入った友もなかった。

ある時、これもへつらう者が栄える世の中をみかぎって剃髪した、小栗何某という人が上京して、江戸で親しく

交わっていたことがなつかしく、丈山の草庵を訪れた。過ぎた日の事や、気楽な今の身の上を語り合い、

心にかかることは何もなかった。山の端の梢は落葉して、あらわな冬の日を、南向きの竹園に腰かけて

眺めながら話していたが、この客は何となく、ふと立ち上がって、

「わしはこれから備前の岡山に行く用事ある」という、丈山は「今夜はここに」と留めもせず、

「好きにしたがよい」といって別れる時に、

「またいつごろ京都に戻ってくる」と聞くと、

「生きていたら十一月の末に」という。

「それでは二十七日は父の供養をする日だから、ここでぜひ一飯さし上げよう」と約束して、小栗は去っていった。

二人とも気ままな身の上であるから、夜明けを待って旅たつまでもなく、小栗は夜露で肩を濡らしながら、

枯野を過ぎ枯れ葉をふんで、伏見深草の藤の森にさしかかった。街道ぞいの人家も寝静まり、伏見へもどる馬方の

声も絶え、竹田の院の真夜中の鐘が鳴りだした時であった。

丈山はその人の跡を慕って、汁谷越えで道を急いでやってきた。十月八日の夜の月もかすかな松蔭から、

人の足音がせわしく聞こえるので、小栗は立ち止まって、

「丈山か」というと、

「いかにもそうだ。見送りにここまでやってきた」という。

「都に友もあまたいるが、そなたにまさる志の人はほかにない」と、立ちながら別れを告げて去った。

その後小栗からは、備前に着いたという便りもないままに月日が立って、十一月二十六日の夜は

大雪が降り積もった。懸樋の水をくむ道もなくなったので、丈山はまだ人顔も見えない二十七日の明け方に、

竹箒を取って、風流心はありながら心なくも白雪に跡をつけ、せめて踏石の見えるまではと掃いている

おりから、外の笹戸をおとずれる者があった。松吹く風の音かと聞き耳を立てると、

まさしく人声なので戸を開けてみると、目の前に訪ねてきた小栗何某が立っていた。

破れ紙衣一枚の姿で、門をくぐるなり編み笠をぬいで、互いの無事を語り合った。

しばらくして丈山が、

「このたびはこの寒空に、どうして御上京なさった」というと、

「あなたはお忘れなさったか。十一月二十七日の一飯をいただきに参りました」といったので、

「そうだ、そうだ」

と、丈山はにわかに木の葉を燃やして飯を炊き、柚味噌だけの朝飯をだした。

小栗はそれを食い終わり、その箸を下に置くやいなや、

「また来春までは備前に居て、西行が眺め飽きなかった虫明の瀬戸や唐琴の夕暮れに遊ぶつもりだ。

昼寝も京都でするよりは気持ちがよい」といって、急いで旅立った。

さてはこの人、この前口約束したことを守り、今朝の一飯を食うだけのために、はるばると

備前から京都までのぼってこられたのであったかと、丈山は古武士の誠実に感心されたという。

category: 徒然

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